大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

甲府地方裁判所 昭和31年(行モ)3号 判決

申請人 古屋勝雄 外一名

被申請人 塩山市 外一名

主文

本件仮処分申請を却下する。

訴訟費用は申請人等の負担とする。

事実

申請人等は「地方自治法第二百四十三条の二第四項の規定による財産不法処分の禁止等請求事件の本案判決確定に至るまで(1)被申請人成沢広次は、昭和三十年度第三回塩山市歳入歳出追加更正予算の内、保健衛生費款隔離病舎費項新営改築費目金五百四十四万円及び昭和三十一年度第一回塩山市歳入歳出追加更正予算の内、前記款項目金五百四十四万円の支出をしてはならない。(2)被申請人塩山市は、別紙目録(一)記載の土地に建築施行中の同目録(二)記載の建物につき工作物及び設備等を為したりこれを使用してはならない。」との裁判を求め、その理由として、

第一

(一)  被申請人塩山市は、昭和三十一年三月初旬頃同市内に伝染病隔離病舎を建設することを計画し、その経費として敷地購入費及補償費金百三十万円、隔離病舎建設費金三百八十四万円、屎尿浄化槽設備費金三十万円、合計金五百四十四万円を昭和三十年度第三回塩山市歳入歳出追加更正予算に保健衛生費款、隔離病舎費項、新営改築費目として計上し、同年三月十四日開会中の同市議会にこれを提案し、同市議会は同年四月九日右予算の承認議決をした。

(二)  ところで被申請人塩山市長成沢広次は、専決処分により右議決前である同年三月三十一日申請外中村清次との間に病舎敷地として別紙目録(一)の土地を代金五十三万四百円及び補償料金六万六千三百円をもつて買受ける契約を締結し、同年五月八日右代金を支払つた。

しかしながら前記予算は昭和三十年会計年度経過後である昭和三十一年四月九日の市議会において承認議決されたものであるから地方自治法施行令第百六十条に違反する無効の予算である。従つて右予算に基く支出はできないのであるから右被申請人成沢広次の支出処分は違法である。

第二

(一)  被申請人塩山市は、右事業の中途において会計年度が改まつたので、同年六月十六日当時開会中の同市議会に対し、昭和三十一年度第一回塩山市歳入歳出追加更正予算を提出し、昭和三十年度と同一款項目により前記病舎建設に関する予算の承認議決を求め、同日その決議を経て右予算が成立した。

(二)  そこで該予算に基き被申請人塩山市は、申請外松橋建設株式会社との間に、同年七月一日敷地整地工事を請負代金二万九千円をもつて、同年八月五日伝染病棟基礎工事を請負代金二十七万七千円、同建築工事を請負代金三百三十六万円をもつて各請負契約を締結し、右契約に基いて請負人である松橋建設株式会社は何れも着工し目下伝染病棟建築工事のみ建築途上にある。

しかしながら右予算は、財政法第四十二条但書の規定に従い繰越予算として編成すべきであるに拘らず、恰も新規事業の如く全く前年度と同一の款項目において同一金額によりこれを計上し、同市議会の承認議決を求めたのは、右財政法の規定に違反する。

しかのみならず前記昭和三十年度第三回同市歳入歳出追加更正予算中に右病棟建設事業に充てるため歳入の部において市債金百万円を計上し、同三十一年五月二十八日これが借入れを終えているに拘らず、同三十一年度第一回同市歳入歳出追加更正予算の歳入の部に同一目的による市債として同一金額である金百万円を計上し、市議会においてこれが承認を求めたが、右は全く架空の歳入であつて斯る架空の予算をその侭議決して成立した該更正予算は、予算全体の歳入歳出不可分の原則により地方財政法第三条及び地方自治法施行令第百四十三条、第百四十四条に違反する。

従つて右昭和三十一年度第一回塩山市歳入歳出追加更正予算はいずれにしても無効であり、これが予算執行も亦違法である。

第三

(一)  被申請人塩山市は本件伝染病舎敷地として当初塩山市下於曽旗板五三七番地を選定し、山梨県知事及び厚生大臣の承認を得たが、その後被申請人成沢広次は独断をもつて同市上於曽観音堂九三六番地の敷地に変更し、目下該地上に別紙目録(二)のとおり建設中であるが、右土地については県知事、厚生大臣の承認外であるから地方自治法第二条第十四項、第十五項の規定に照し違法である。

(二)  仮に然らずとするも、伝染病院、隔離病舎等を設置する場合は伝染病予防法第十七条の規定に基く山梨県伝染病院隔離病舎等管理規定第四条第二号、第三号に則り施設の位置を選定しなければならないのに拘らず、右規定に違反し昭和二十七年準用河川として認定され、風水害の虞の多い塩川沿岸に直結した場所を選定したのは違法である。而も該敷地は塩山中学校及び塩山南小学校の校舎校庭に極めて近接しているため、右学童に及ぼす影響も大であることに鑑み右選定行為は不当である。

(三)  然かも本件伝染病舎の構造設備は、前記管理規定に従つて施工されなければならないに拘らず一般事務系統に属する各室と病舎とを分離せず、更に看護用室と患者用室とを別棟建とせずこれを一棟建となし、また床下コンクリートに特別の排水施設をしない点において、前記管理規定第五条、第六条に違反する違法な施設である。

第四

而して被申請人塩山市においては、従来より伝染病患者収容委託契約に基き、市内武藤病院、塩山病院に随時患者を収容加療せしめているので、同市としては、伝染病舎建設の如きは、全く不要不急の事業であり、市財政逼迫の折から現在及び将来における市民の負担が増大することは免れず、かかる事業に莫大な経費を投ずることは公金の浪費に該当する。

よつて申請人等は塩山市の住民として昭和三十一年九月二十一日地方自治法第二百四十三条の二第一項に基き、塩山市監査委員矢崎一恵に対し、前記事実を証する書面を添えて監査を行い、右予算執行の制限禁止等に関する措置を講ずべきことを請求したが、同年九月二十八日右請求は棄却された。

そこで申請人等は同法第二百四十三条の二第四項の規定に基き当庁に対し、塩山市及び成沢広次を被告として右病舎建設のため計上された公金の違法支出の禁止等の訴訟を提起した。しかるに塩山市長成沢広次は、右病舎建設を強行し、既に病舎敷地を購入し、請負契約の締結をなし、請負人松橋建設株式会社を督励して右敷地の整地並びに基礎工事を完了し、進んでその地上に病舎建設工事を行つているので、今にして被申請人等に対し、右敷地上にある建物の建設、工作物の設置を禁止しなければこれが病舎の建設その他の工作物の設置完了は必至で、たとえ本訴において勝訴判決を受くるも公金の違法支出により塩山市民の蒙る経済的損失は莫大となる。よつてこれを防止するため被申請人等に対し、申請の趣旨記載のような仮処分命令を求るため本件申請に及んだ」と述べ、被申請人主張の事実は全部否認すると述べた。

被申請人等代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として

(一)  申請人等主張の事実中、被申請人塩山市がその主張のような伝染病隔離病舎の建設を計画し、その経費として昭和三十年度第三回同市追加更正予算に金五百四十四万円を同主張の款項目費により計上し、昭和三十一年四月九日塩山市議会において承認議決されたこと、被申請人塩山市長成沢広次が右隔離病舎建設敷地として申請外中村清次より別紙目録(一)の土地を買受け、右土地の整地並びに右土地における建物建設のための基礎工事に関し、申請外松橋建設株式会社との間にその主張のような請負契約を締結したこと、同年六月十三日右昭和三十年度追加更正予算と同一内容の款項目により昭和三十一年度第一回追加更正予算が成立したこと、右予算歳入の部に前年度と同一金額である市債百万円を計上していること、本件隔離病舎の敷地が申請人等主張の場所であり山梨県から準用河川として承認された塩川の沿岸に近接していること、塩山市の住民である申請人等が地方自治法第二百四十三条の二第一項の規定に基き、昭和三十一年九月二十一日塩山市監査委員矢崎一恵に対し、監査及び予算執行の制限禁止等の措置を求め、右請求が同年九月二十八日棄却されたこと、及び申請人等が当庁に本案訴訟を提起したことはいづれも認めるが、その余の事実はすべて否認する。

(二)  被申請人塩山市長は前記昭和三十年度第三回同市歳入歳出追加更正予算に基き、専決処分として昭和三十一年五月八日、中村清次より本件隔離病舎建設敷地を代金五十三万四百円並びに補償料金六万六千三百円をもつて買受けたけれども、その後右支払は昭和三十年会計年度経過後の支出であつて、地方自治法第二百三十六条によるべき事件に該当せず、又本件は塩山市契約条例の適用を受ける工事であることが判明したので更めて同年六月十六日開会中の同市議会に対し、昭和三十一年度第一回同市歳入歳出追加更正予算に申請人等主張の如く同一款項目費による前記予算金五百四十四万円を計上し、同日右議会の議決を経たうえ、同年八月四日開会の同市臨時議会において本件土地の購入並びに病棟の工事請負契約等についてそれぞれ議会の承認議決を得たものである。従つて申請人等主張の昭和三十年度追加更正予算に基く工事契約並びにこれに基く支出は、会計年度経過後の支出であつたので、すべてこれが契約を解除し且つこれに伴う支出も塩山市の会計に戻入させ、本件工事の総てを昭和三十一年度の新規事業として適法に予算措置をなしたうえこれが実施をしているのであるから、何等違法ではない。

(三)  申請人等は、昭和三十年度において計画し、一部実行した場合は財政法第四十二条但書の規定に基き、次年度においては繰越予算として計上すべきである旨主張するが、地方自治団体の予算については地方自治法並びに地方財政法によるべきで、財政法の適用はなく、また本件工事は地方自治法第二百三十六条の規定に該当しない場合であり、且つ昭和三十年度内に未着工の事業であるため昭和三十一年度においては新に同年度の予算として成立しない限り、右事業を着手することができないので前記のとおり、適法な処理をしたのである。また右予算歳入の部計上の市債百万円は、昭和三十年度予算に基く本件隔離病舎建設のための事業債として入金したものであるが、これが事業を実施できなかつた以上、当然これは返済すべきで、他の事業目的に使用できないことは謂うを俟たないが、更めて右事業を昭和三十一年度新規事業として新な予算編成をするため、これに見合う歳入財源として新に市債金百万円を計上することは当然であつて、申請人等の言うような架空予算でもなければ又歳入歳出不可分の原則に違反するものでもない。

(四)  被申請人塩山市は、同年三月二十日附で山梨県知事宛、伝染病院隔離病舎整備費負担金補助申請のうち、右病舎建設位置を本件場所に変更し、県も右土地を当時の県衛生部長三井四郎、予防課長坂口孝友郎、日下部保健所長小池善一をして現地を調査せしめ、伝染病院隔離病舎隔離所設置及び設備管理規定に違反しないものと認定し、山梨県から同規定第三条の認可を得たものであつて、その認可どおりの建築をなしたのであるから、申請人等主張のような違法は何等存しない。

(五)  申請人等は、そのうえ本件事業が不要不急の不当な事業であると主張しているけれども、このことは昭和三十一年六月十六日、塩山市議会における昭和三十一年度本件歳入歳出追加更正予算の議決の際における出席議員全員の賛成を得ている事実からみて、これまたその理由がない」と述べた。

(証拠省略)

理由

一、地方自治団体の役職員がその職務に関する法令また条例の規定もしくは当該団体の議会の議決に準拠して公金の支出をしたとしても、それが明らかに無効な法令または条例もしくは議決に基く公金の支出であれば地方自治法第二百四十三条の二にいう「公金の違法な支出」に該当するものと解すべきであるが、右違法行為が納税者としての住民の権利を侵害し、公金または公共財産等に対し損害を齎すような場合にのみ右役職員の行為を制限、禁止または取消しうるものといわねばならない。そこで以下順次申請人等主張の事実について判断する。

二、被申請人塩山市が伝染病、隔離病舎の建設を計画し、その経費として昭和三十年度第三回同市歳入歳出追加更正予算に金五百四十四万円をその主張のような款項目費により計上し、右予算が昭和三十一年四月九日塩山市議会において承認議決されたこと、被申請人塩山市長成沢広次が右隔離病舎建設敷地として申請外中村清次より別紙目録(一)の土地を日附の点を除き申請人等主張のような代金補償料を以つて買受、又右土地の整地並びに右土地における建物建設のための基礎工事に関し、申請外松橋建設株式会社との間にその主張のような請負契約を締結したことは当事者間に争がない。

申請人等は右昭和三十年度追加更正予算は地方自治法施行令第百六十条に違反し、従て右予算に基く支出は違法であると主張するので先づこの点について判断するに右予算が同法条に違反するものであることはまさに申請人等主張のとおりであるが原本の存在並びにその成立につき争のない疏乙第一乃至第五号証、第六号証の一、二、第七乃至第十一号証、真正に成立したものと認める同第十八、第十九号証の各記載並びに証人中村清次、同笹本保雄の各証言及び被申請人成沢広次取下前の被申請人松橋重吉各本人尋問の結果を綜合すれば、被申請人塩山市長は、中村清次に対する右代金等の支払が、昭和三十年会計年度経過後における追加更正予算の議決に基く支出であつて、地方自治法第二百三十六条による事件に該当せず、結局同法施行令第百六十条に抵触し、且つ本件は、塩山市議会の議決又は住民の一般投票に付すべき財産、営造物又は議会の議決に付すべき契約に関する条例の適用を受けるべき工事であることが判明したので、同年六月十六日開会中の同市議会に対し、昭和三十一年度第一回同市歳入歳出追加更正予算に前年度と同一款項目費により前記予算として金五百四十四万円を計上し、同日右議会の議決を経、同年六月二十日中村清次との右売買契約を、又翌二十一日松橋建設株式会社との間における右請負契約をそれぞれ解除し、同年八月四日開会の同市臨時議会において本件土地の購入並びに病棟の工事請負契約等につきそれぞれ議会の承認議決を得たこと、右昭和三十一年度予算及び議決に基き、同年九月二十一日既に支払済の右請負代金等を一旦昭和三十一年度歳入歳出予算中雑収入として戻入させたうえ、同年九月二十二日改めて右土地代金等の支払をなしたことが疏明せられ、証人滝島団二の証言中右認定に副わない部分はたやすくこれを措信し難いし、他に右疏明を否定するに足る資料はない。それならば前記昭和三十年度追加更正予算に基く工事契約並びにこれに基く支出は、違法な議決に基く支出であつたためすべてこれが契約を解除し、且つこれに伴う支出金も戻入させたうえ、本件工事を昭和三十一年度の新規事業として予算措置をなし、且つ条例に基き適法に処理してこれが工事の実施をしているものであるから、昭和三十年度追加更正予算は既に廃止されたもので従て之に基く支出を差止める必要はなく又昭和三十一年度追加更正予算に基く支出も何等違法な支出には当らない。

三、次に申請人等は、昭和三十一年度第一回同市歳入歳出追加更正予算に本件工事費用として前年度と同一款項目により同一金額を計上してあるのは、財政法第四十二条但書の規定に違反する旨主張するけれども、地方自治団体の会計については、財政法の適用はなく専ら地方自治法並びに地方財政法等の規定に従つてこれを行うべきで、同法等には財政法第四十二条に相応する規定は存在しないから右は主張自体理由がない。

更に申請人等は、塩山市が右昭和三十一年度予算歳入の部において、本件病棟建設工事に充てるため、市債として金百万円を計上しているが、右は既に昭和三十年度追加更正予算に基く市債として昭和三十一年五月八日に借入れを了しているものであつて、昭和三十一年度の前記予算は此の部分において、架空予算であり、予算全体の歳入歳出不可分の原則に違反し、地方財政法第三条、地方自治法施行令第百四十三条、第百四十四条に照し、全部無効であり、これが支出も亦違法である旨主張するけれども昭和三十年度追加更正予算が会計年度終了後に成立した違法のものであるため更めて昭和三十一年度追加更正予算に組替えたことは既に認定したとおりであつて証人笹本保雄の証言によると右市債百万円は既に借入済であるが前記昭和三十年度追加更正予算は執行しなかつたので之を起債先である郵政省に返還の手続中であり昭和三十一年度追加更正予算においてはその歳出に見合わす歳入財源として更に同一市債を計上したものであることが疏明せられる。それならば右借入金の再度使用を承認するか否は郵政省の意向にかゝつていることであり右の如き予算措置の当否は単に技術的な問題に過ぎないから冒頭説示の理由により斯る事由は地方自治法第二百四十三条の二第四項に定める訴の適法な理由となし得ないものと解しなければならない。従つてこの点に関する申請人等の主張も亦これを排斥する。

四、次に申請人等は、被申請人成沢広次が独断で本件伝染病舎敷地を現在の同市上於曽観音堂九三六番地二に変更し、該地上に別紙目録(二)のような本件病舎を建設中であるが、右は山梨県知事及び厚生大臣の承認外であるから、地方自治法第二条第十四項、第十五項に違反し、これが工事は違法である旨主張するけれどもこの点に関する申請人橋爪美範本人尋問の結果(一部)は措信することができない却て原本の存在並びにその成立に争のない疏甲第二十三、第二十五、第二十六号証、成立に争のない同第十七号証の各記載並びに証人笹本保雄、同坂口孝友郎の証言及び申請人橋爪美範(一部)被申請人成沢広次各本人尋問の結果を綜合すれば、当初塩山市長は、昭和三十一年三月二十日山梨県知事に宛て、昭和三十年度伝染病院隔離病舎整備費負担金の申請をなすに際し、右隔離病舎設置場所として、同市下於曾元旗板五三七番地二を申請したが、右敷地については、予算見積の費用等の関係並びに地元民の反対に遭い、そのため同市議会内の病棟設立特別委員会に諮つたうえ、同年五月初旬頃前記申請の日附を以て申請外中村清次所有の本件土地を病舎施設場所として変更申請をなしたこと、そこで山梨県では右場所が病舎建設について定めた山梨県伝染病院隔離病舎等管理規定に牴触しないかどうかにつき予め同年五月九日頃右病舎の見取図、建築様式、施設内容等につき事前調査のうえ、三井県厚生労働部長、坂口同予防課長等が右現地を実地視察して、その結果同日案内係の塩山市長にこれを許可する旨の内示を与え、帰庁後県知事に報告のうえ口頭を以つて同月十六日附で建築許可がなされたこと、及び厚生大臣からは、同月十四日旧場所につき、昭和三十一年度(昭和三十年度繰越分)伝染病院隔離病舎整備費国庫負担金の交付決定の通知があつたが、本件敷地については係争中のため認可が遅延している事情にあるため県知事も亦正式の許可を与えていないことが疏明せられるから塩山市長としては一応県知事の口頭による許可の意思表示があつたため本件敷地につきこれが工事を実施したものであつてその間に何等これを咎むべき理由がなく従て申請人等の主張事実は疏明せられないこととなる。

更に申請人等は、右場所が準用河川として認定され、風水害の虞の多い塩川の沿岸に直結し、この点において前記管理規定第四条第二号、第三号の規定に違反し、又塩山中学校及び塩山南小学校の校舎等に近接しているため、右学童に及ぼす影響も大であるから、これが敷地の選定は不当であると主張し、本件病舎の敷地が山梨県から準用河川として承認されて右塩川の沿岸に近接していることは当事者間に争のないところであるがこの点に関する証人橋爪善吉の証言及び申請人橋爪美範本人尋問の結果はにわかに措信できないし該敷地の近接中学校の学童に及ぼす影響については何等の疏明資料がない却て成立に争のない疏乙第十二乃至第十五号証、第十六号証の一、二、証人笹本保雄の証言により真正に成立したと認める同第十七号証の一、二と証人笹本保雄、同坂口孝友郎の証言を併せ考えれば、塩山市長は前記病舎設立の申請に際し、病棟の汚水処理、排水等につき適当な設備をする旨の申請をし、更に該河川は従来から護岸工事が行われており、本年度においても河川改修工事として該箇所の護岸工事を施行中であり風水害の虞れもなく、また右河川の下流地域の区民は河水を潅漑用水として使用するのみで家庭用水としてはこれを使用しておらず、現に本件敷地については事前に県の土木部、公衆衛生課等の係官の検査を経て結局何等支障なきものとしてこれが許可されたことが疏明せられるから該敷地の選定につき何等違法な点はなく、近代医学の下においては前叙のとおり施設の完全を期する限り教育施設についても何等影響がないものというべきであるから、此の点に関する主張も理由がない。

五、次に申請人等は、本件病舎の構造設備が前記管理規定に従つて施工されなければならないに拘らず、事務系統と病舎、看護用室と患者用室とを分離せず、又特別の排水施設も施されていないから、前記管理規定第五条、第六条に違反する違法な施設であるというのであるが、排水施設については前示認定のとおりこれが支障を来すものではなく、また構造の点については、成立に争のない疏甲第三十号証、及び申請人橋爪美範の本人尋問の結果によればこれに副う事実が疏明せられるけれどもこの主張も亦技術的な問題でありしかも前記管理規定は、単に営造物の設置管理につき地方自治団体内部の取扱上一般的基準を定めたものに過ぎず、多少これと異る取扱がなされているとしても直にこれに関する支出を条例に違反して行われた違法な支出とはいえないからこの点に関する主張も採用し難い。

六、更に申請人等は、塩山市においては従来より伝染病患者委託契約に基き市内、武藤病院、塩山病院に随時患者を収容加療せしめているので、同市としては全く不要不急の事業であり、市財政逼迫の折から現在及び将来における市民の負担も増大することを免れず、かかる事業に莫大な経費を投ずることは公金の浪費に当ると主張するので按ずるに、成立に争のない疏甲第十号証の一、二、第十一号証によれば、従来塩山病院、武藤病院が塩山市との間の伝染病患者委託契約に基き患者の収容治療をなしてきたこと及び塩山市が自治庁長官に対し、地方財政再建促進特別措置法によつて市の財政再建の申出をなしていることは疏明せられるが前示認定のとおり、既に昭和三十一年六月十六日も昭和三十一年度同市第一回歳入歳出追加更正予算の議決に際し、塩山市民の選良たる同市議員等が民意を反映して本件工事につき議会において絶対多数の賛成をなしている事実から推してもこれ亦一概に公金の浪費ということはできない。

七、そうだとすれば申請人等の主張事実はいずれも理由なきものといわねばならず、必要性の点につき判断するまでもなく結局本件申請は失当であるからこれを却下すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 杉山孝 野口仲治 土田勇)

(別紙省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例